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トワイライトの旅1990 余話 [鉄道の旅]

北海道の鉄道の思ひ出を・・・・

「追想 トワイライトエクスプレスの旅 1990」 からの続きです。

今回も前記事同様、紙焼写真を披露しながらの冬の北海道乗り鉄記事です。まあ、紙芝居気分でお付き合い下さい。

トワイライトで札幌に着いた後のことをご紹介しようと思うのですが、この頃の私は「記録よりも記憶」というどこぞの文化人の言葉に洗脳されており、ろくに記録が残っておりません。記憶したはずの事柄も脳内のメモリが低品質なこともあって多くが消えてしまっております。従って時間や列車名が曖昧であることを始めにお断りしておきます。記録って大事ですよね~。

石勝線は恨むが如し

後ろ髪を引かれる思いでトワイライトを見送った後は石勝線乗りつぶしに向かうべく特急「おおぞら」乗車を予定しておりました。ところが直近の「おおぞら」の自由席は座れず。1本見送って捲土重来を期しますが、目の前に停まったのはなんとキハ184! 機械室を設置しているため座席が少ない車両です。お陰で同行のN君(←鉄分濃い目の一般人)ともどもあり付けたのは通路側の席という有様で取りあえず石勝線完乗。トホホ・・・・。

鈍行で辿る根室本線

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石勝線の後は根室本線で滝川へ北上しますが、そんなこんなで当初予定の帯広まで行かず新得から引き返すことに。待合室で時間をつぶし、やって来た鈍行に乗り込みます。車両は今も変らぬキハ40。まだJR北海道カラーにはなっておらず、国鉄時代のタラコのままでした。最近先祖帰りで再びタラコに戻っているようですが。
滝川への途中、長時間停車したのが東鹿越の駅。暇つぶしの記念撮影の図がこの写真。上着も着ずに寒そうに見えますが、ご存知のとおり北海道の列車内は強力な暖房が効いています。しばし寒風に晒されるのも心地良かったと記憶しています。

711系と記念撮影

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終点滝川に着いたのは日も暮れた頃になったようです。ここでも記念撮影を。隣に見えるは真っ赤な711系。北海道の電化区間のヌシですな。長らく国鉄在来線唯一の交流専用電車ということもあって、初めての渡道の際には最も注目していた車両ですが、乗ってみると交流専用だからどうということもなく、大した感動もなかったように思います。このとき既に赤地に白帯を纏っていますが、私は登場当初のワインレッドの方がしっくり来るような気がします。その711系もこの度のダイヤ改訂で遂に完全撤退してしまったとか。1両も保存されないのかなあ?
ところで、この後札幌に向かったのですが、時間的にみてこの711系に乗ったとは思えません。おそらく「ライラック」でもとばしたのでは、と思いますが、全く記憶にございません。N君にでも訊いてみないといけませんね。

北の迎賓館

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そして、この日の宿は憧れの札幌グランドホテル! 北の迎賓館と称される老舗です。過去何度か宿泊を試みましたが、生憎と満室に当ってしまい果たせずにいたホテルでした。今回はやっと念願かなってレトロ調のインテリアが渋い本館の客室を予約したのでありました。
この頃の札幌グランドのロビーは極端なまでに絞った照明が印象的でした。そもそもホテルのロビーは顔が指さないように照明は落としていたものですが、このホテルは特に暗く、大人のムードまんてんの空間でした。ロビーに待機するスラッと長身のベルガールさんも格好良かったなあ。今は変っているんでしょうね・・・・。

小樽のすしよ

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翌日は、お寿司を食べたい!というN君の希望で小樽へ。ところが、N君が目星を付けていた店がどうしても見つからず。結局、通りすがりの寿司屋街の店に入ったように思います。
小樽の町を散歩して・・・ ♪粉雪舞い散る小樽の駅に~♪ とロマンチカのメロディがグルグル回る。
小樽からは721系の快速で再び札幌へと舞い戻ります。札幌まで座れず。
雪まみれの721系の顔がいかにも冬の北海道ですな。

帰路は益々混沌と・・・・

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札幌駅でさらに奥地を目指すN君と別れ横浜への帰路に就きます。まずは特急「北斗」で函館へ。「おおぞら」の轍を踏むまいと指定席を押さえたようです。そういえば、一時期こんな色のキハ183系もありましたね。
道中なぜか車内照明が消えた下り「北斗」を見かけたこと以外なんの記憶もないまま深夜の函館着。駅前の函館ハーバービューホテル(現ロワジールホテル函館)に投宿。
翌朝は、快速「海峡」、特急「はつかり」、特急「やまびこ」と乗り継いで仙台からは特急「スーパーひたち」で一気に上野を目指します。651系の乗り心地をたっぷりと楽しみながら。もう二度とこのときの常磐線を辿ることはできません。

当ブログでは日頃ご紹介することもない北海道の旅が2話続きましたが、学生時代の1980年代から関東在住だった1990年代前半にかけては毎冬のように北海道に渡っていたものです。「北風が俺を呼んでるぜ」、ってな感じで。(←小林旭気取り)
最後の渡道から既に10年。もう一度だけ北海道の北風に吹かれたいもんです。


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追想 トワイライトエクスプレスの旅 1990 [鉄道の旅]

夢の列車トワイライトエクスプレス

大阪駅の発車標に灯る「札幌」の文字、世紀の大事業青函トンネルの存在を遥か1000km以上離れた大阪でも実感できる一シーンです。その札幌へと導いてくれるのが特急「トワイライトエクスプレス」。津軽海峡を越え大阪―札幌間1500km近くをおよそ22時間かけて結ぶ正に夢の列車です。
今日は、この夢の列車に乗ったときの思い出話にお付き合いいただければと思います。

時は1990年1月12日、トワイライトが臨時ながら一般の列車として寝台券をみどりの窓口で購入できるようになったのが1989年の12月ですから正に運転開始当初に乗ったわけです。
この夢の列車に是非乗りたい!というN君(←鉄分濃い目の一般人)と乗車を画策、1ヶ月前に手分けして寝台券入手に挑みます。当時東京在勤だった私は東京駅八重洲口のみどりの窓口へ。入手できたのはBコンパート。一方、職場出入りの旅行代理店を巻き込んだN君は首尾よくB個室ツインをゲット、もちろんツインを生かします。
というわけで、1月11日、仕事をなんとか片付け夜遅い新幹線で一旦大阪の実家に戻り翌朝大阪駅から出発と相成ったのであります。

ここからはその時の紙焼写真をお目にかけながら追想に耽りたいと思います。私の姿も無修正で晒しております。25年も前のことなので今の姿は想像もできないかと。お目汚しですが、ご辛抱下さい。

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夢の列車との初対面
このエクステリアデザインには正直言って面喰いました。鉄道雑誌上で見たときには軍用列車かと思ったもんです。
大阪駅は10番線からの発車と変化が無いようにみえますが、今の10番線とは異なります。大改造工事でこの付近の姿はすっかり変わっております。
それにしても人影が少ないですね。

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遥かな旅立ちを前に緊張と期待が入り交じったワンカット。
国鉄様式の駅名標が懐かしいですね。JR発足後3年目のことです。
方向幕の札幌の文字に気持も高ぶります。
手にはカフェイン中毒者の必需品、缶コーヒーを持っています。

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大阪駅のホームにも「札幌」の文字!
この表示に鉄道ファンでなくても北への旅情を掻き立てられた人は決して少なくないと思います。
この頃のJRグループにはまだまだ連帯意識が残っていたんですね。
LEDの発車標もまだまだ初期のもの。「特急 トワイライト 12:00 札幌」と情報量も少ないです。列車名も短縮しての表示。
大阪発車時刻は12:00でした。

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サロンカー「Salon du Nord」での寛ぎのひと時
就寝時と夕食時以外はほとんどここに居たと思います。せっかくのツインですが、個室は悲しいかな反対側の景色が見えません。その点、サロンカーは特大の窓越しに沿線のパノラマを存分に楽しめます。残念だったのはビデオモニターから大音量で流れて来る音声です。なにやら子供向けのコンテンツでガキども子供たちが面白がってボリュームを上げていたのでした。この列車のコンセプトには合わない装備だなあ、と思ったもんです。
インテリアは2001年頃のリニューアルで木目調のシックなデザインに変更されています。

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夕食は特製御弁当
バブル絶頂期とはいえ、さすがに食堂車でのディナーには手が出ませんでした。車内放送で夕食のお弁当の注文を受け付けに係員が車内を回る旨案内がありました。確か1500円だったかと。中身は、カニの甲羅に入ったグラタン以外は印象に残っていません。ただ、注文の受付係は一度しか回って来ず、このチャンスを逃すと悲惨な夕食難民となってしまいます。停車時間の長い駅ではホームを走り回る難民たちの姿が見られました。この供食体制も後に改善されたのではないかと思います。

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B個室ツイン
真っ白な車窓からお分かりのとおり翌朝北海道上陸後の一コマです。2段ベッドが設えられただけのシンプルな室内ですが、広さは十分でした。下段寝台はソファ使用時、寝台使用時ともに快適だったように思います。

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食堂車「Diner Pleiades」の朝食予約券
ディナーは無理でも朝食は予算的にも射程距離内ということで前夜に予約をしておきました。洋定食はジュース、ハムエッグ、サラダ、コーヒー。2000円だったかな。雪景色を楽しみながらの朝食は格別でした。これが結果的には私にとって唯一の食堂車での朝食体験となりました。
食堂車は前夜、ディナー終了後のパブタイムにも利用しましたが、アルコールが入ったためか詳しい記憶は残っていません。

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札幌到着前に通路で。
夢の列車ではありますが、内装はアルミ素材剥き出しの建材が目立ちプレハブ然としています。これもリニューアルでかなり見映えが良くなったようです。

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北の都札幌に到着。
雪にもめげず定刻9:02(だったと思う)、高架化成った札幌駅に到着です。学生時代=地平駅時代には何度も訪れた札幌駅の変わり様に驚きました。

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Salon du Nord とともに。
すっかり馴染んだSalon du Nord とも、トワイライトエクスプレスとも名残を惜しみつつお別れです。

20数時間もの長丁場を一時も飽きさせることなく大阪から札幌へと豊かな旅情を惜しみなく提供してくれたトワイライトエクスプレス。その名は、私の記憶にも、日本の鉄道史にも永く刻まれることと信じて止みません。


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クラシック近鉄特急が往く [鉄道の旅]

近鉄特急のアイデンティティを感じる旅

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近鉄吉野線もめでたく完乗し、帰路は近鉄特急に乗ろうと思います。久し振りの近鉄特急、今回のお楽しみの一つでもありました。
14:22吉野駅に到着し、折り返しは14:34の特急でと思っていましたが、車両は生憎16600系でした。近鉄の汎用特急車の最新バージョン、Aceと呼ばれる車両の狭軌版です。新車好きを自認する私としては本来喜んで乗るべき車両ではありますが、今回狙っていたのは別の車両です。乗りたかったのは16000系、そう吉野特急では最古参の車両です。

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▲丁寧に使われていることが窺えるツヤツヤの車体

現在の近鉄特急のラインナップでは頂点に君臨する「しまかぜ」、名阪間の花形アーバンライナーなどと較べると16000系はデビュー後既に半世紀、本来ならハズレといわれても仕方のない車両です。近鉄の異端である狭軌線の吉野特急においても「さくらライナー」(26000系)、Ace(16600系)、ACE(16400系)、サニーカー(16010系)といった後輩たちと較べると16000系は確かに骨董品的存在です。なにしろ標準軌で同世代の新エースカー(11400系)はとっくに引退していますから。16000系も既に初期の車両は廃車、或いは大井川鉄道に譲渡されており残るは3編成。吉野に来るまでの間すれ違う特急も新型車両ばかりで16000系がもはや主役の座を失っていることが窺えました。しかし、私は、この16000系世代の特急車には近鉄特急草創期のアイデンティティを強く感じるのであります。それ故、今回乗るなら16000系と心に決めていたのであります。

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▲杉の産地らしい駅名標

1本見送ったがために駅前の茶店で想い出に残るコーヒーブレークを過ごして吉野駅に戻って来ました。(←前記事ご参照) 薄暗いホームからこちらに顔を向けているのは正にその16000系。窓口で阿部野橋までの乗車券、特急券1480円也を購入、はやる気持を抑えつつ改札を抜けます。

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▲ホームにはベテランの顔が

吉野特急というと「さくらライナー」を除いて2連のコンパクトな姿を思い浮かべますが、目の前にいるのは希少な4両固定編成です。9編成製造された16000系のうち4両固定編成で登場したのは唯一この16008Fだけなんだそうです。

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▲行先標には「京都連絡」の文字が

ピカピカのボディは車齢を感じさせないほど美しくメンテが施されています。側面から屋根にかけてのカーブは優美なラインを描き上品な印象を与えます。そして、屋根上にずらりと並ぶ小型の冷房装置と大型固定窓は近鉄特急車の証。しかし、特急車としてはなんとも飾り気のないマスクはさすがに時代を感じさせます。今時の車両なら標準装備の種別・行先の表示装置もなく、種別は電照式のヘッドマーク、行先は助士席窓に行先標が表示されているだけ。側面には号車札と座席番号表示がペイントされているだけです。特急表示、私は以前の扇形の方が好きなんですけど・・・・。

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▲スリムな折り戸に特急らしさが

そして、なにより近鉄特急車らしさを感じさせるのは言うまでもなくボディに纏った濃青と橙ツートンの近鉄特急色でしょう。国鉄特急色と並ぶ昭和の鉄道車両におけるエクステリアデザインの傑作だと思います。
前置きが長くなってしまいました。そろそろ車内に入りましょう。これも今時にしては珍しい折り戸に迎えられて乗車します。


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▲リクライニングシートがずらりと並ぶ客室

車内はリクライニングシートが整然と並ぶオーソドックスな造り。抜本的な更新工事が行なわれたのかくたびれた感じは全くありません。実は私が初めて乗った有料特急というのがこの16000系。私は幼稚園児、16000系がデビュー間もない頃のことです。エンジ色のシートに掛かった真っ白なカバーがなんとも贅沢な印象でした。現在のインテリアはその頃と比べるとソフトな感じに改められています。
そして、なによりも変わったのがデッキの設置。新製当時は他の近鉄特急車同様ドア部分と客席に仕切りがないデッキレス構造でした。流石に不評なのかスナックカーなどとともにデッキが設置されデッキレスは消滅しました。平成の御代に入ってデッキレス特急を新造したJR某社もありますが。


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▲ピッチが広い最前列のシート

デッキレスの名残か最前列の座席はやたらとピッチが広いのが目立ちます。新幹線などでこの座席に当ると足が投げ出せず窮屈な思いをするもんですが。
指定された1号車のシートに着席すると掛け心地はやや柔らかめ。最近の固めのシートに慣れている身には少々頼りなく感じますが、悪くはありません。テーブルはアームレストに収納されており、背面テーブルは装備していません。これもかつての近鉄特急のアイデンティティですが、最近の車両には設置されているようです。


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▲シートカバーは使い捨て?

15:04、静かに吉野駅を発車。私が乗った1号車には他に1名だけという有様。まあ、吉野駅の閑散とした状況から十分に想像はできましたが、乗り物というのはやはりある程度の賑わいがないと様にならないですね。この後の停車駅に期待しましょう。

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▲吉野口で僚友と顔合わせ

その停車駅ですが、吉野線内はやたらと停まります。吉野―橿原神宮前間の14駅のうち通過するのはわずかに6駅だけ。隔駅停車どころではありません。おまけに曲線の多い線形に阻まれてかスピードはさっぱり上がらず。橿原神宮前までの25km弱を39分かけて辿ります。
橿原神宮前では「京都連絡」だけあって京都行き特急に乗り換えるのか大きな荷物を抱えた人が2名ほど下車。かわって乗り込んで来た少年が「またコイツや・・・」と古参車両に不満そうであります。


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▲駒ヶ谷駅前にはチョーヤ梅酒本社が

南大阪線に入ってからはうって変わって特急らしい走りに。リクライニングシートに身を預け静かに響く直流モーターの唸りに耳を傾けます。高田市、尺土と停車すると後は終点大阪阿部野橋まで約30分ノンストップ。
大阪との府県境を越えると車窓にはブドウ畑が目立ち始めます。あまり知られていませんが、大阪府はかつてブドウの栽培面積日本一だったこともあるブドウの名産地。今も河内ワインは根強い人気があるそうです。そんな土地柄を象徴する会社が駒ヶ谷駅前にあります。チョーヤ梅酒㈱。今では梅酒のブランドとしてお馴染みですが、発祥はブドウ酒メーカーです。


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▲大阪市内の高架線を快走(今川)

車両基地があり長野線が合流する古市を過ぎると車窓は住宅と工場で埋め尽くされます。藤井寺、松原は現役時代中河内地区の営業を担当していたこともある私にとっては懐かしい土地でもあります。大阪市内に入り高架線を快調にとばしあべのハルカスが見えるともう終着阿部野橋、ハルカスの根本に吸い込まれるようにして1時間17分の近鉄特急の旅が終ります。
16:21、大阪阿部野橋着。


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▲折り返し再び吉野へ

降りようとして席を立ってびっくり、1号車の乗客は十数人と思っていたのですが、通路にはずらりと行列が。先頭車寄りにある改札口を目指して後方の車両の乗客が1号車のドアに詰め掛けているんでしょうが、意外に多くの利用客が乗っていたのに驚いたのです。オフシーズンの吉野特急にもそれなりの需要があるわけですね。

近鉄は特急網の再構築を経営戦略に挙げています。目減り傾向にある通勤輸送に替わって特急網を充実させ利用者の増加を図るんだそうです。もちろん車両更新も戦術の一つとして計画されていることでしょう。そうなれば真っ先に淘汰されるのは標準軌線では元スナックカー、狭軌線ではこの16000系と考えて間違いありません。もはや風前の灯となった国鉄型特急同様、近鉄特急網の構築を支えて来た車両たちの去就からも目が離せません。


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乗りつぶし 近鉄吉野線編 [鉄道の旅]

ようやく近鉄の近畿エリア完乗

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近鉄落穂拾いの旅の続きであります。天理線を乗りつぶし、やって来たのは橿原神宮前駅。続いて吉野線乗りつぶしに着手します。次の列車まで20分ほどありますのでちょっと駅見物を。橿原線を南下して来ると近鉄の数々の合併の歴史を垣間見ることが出来ますが、ここ橿原神宮前駅はそんなモザイク近鉄の象徴ともいえる駅であります。この駅に乗り入れる橿原線と南大阪線・吉野線は同じ近鉄の路線でありながら軌間が違うのです。両者のホームももちろん分かれていて、ここまで乗って来た標準軌の橿原線が東側1~3番線を、狭軌の南大阪吉野線が西側4~7番線を使用しています。

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▲フラップ式4連の発車標

駅本屋は両者のホームに挟まれて配置されています。橿原線側には構内踏切も。こんな大きな駅に構内踏切が、と違和感を感じますが、踏切のあるホームの南端部分は特急列車の折り返しに使われる程度なので危険はなさそうです。

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▲構内踏切から橿原線列車を見る

それでは吉野行きが発車する5番線に向かいましょう。手許には天理から720円区間の切符があります。


◆吉野線のモヤモヤを解消
(橿原神宮前13:30―急行―14:22吉野)

さて、その吉野線の踏破履歴がずーっと曖昧な状態になっておりました。幼い頃確かに乗ってはいるのですが、どこまで乗ったのか確証がなく、私の微かな記憶と家族の証言を基に橿原神宮前―壺阪山間3.9kmを暫定的に踏破認定しておりました。そんなモヤモヤした状態も今回終点吉野までズバッと乗り通すことで解消されます。

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▲狭軌の吉野線

次の吉野行きは13:30発。発車標では「各駅にとまります」と表示されていますが、大阪阿部野橋から直通の急行です。この駅から各駅停車となり吉野線内のローカル輸送に当ります。というわけでデイタイムの吉野線は特急と急行のみの運行となるわけです。
やって来たのは正調近鉄顔の4両編成。例によって形式は解りませんが、ラビットカーの末裔であることは間違いないでしょう。多くの降車客と入れ違いに乗り込んだのはわずかで各ロングシートに2・3人という状態で橿原神宮前を発車します。

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▲壺阪山でさくらライナーと出会う

吉野線は25.2kmの全線が単線ですが、休日ダイヤでは日中も特急・急行が各30分間隔(平日の特急は60分間隔)で運転されているため頻繁に行き違いが生じます。壺阪山で早速吉野特急の華「さくらライナー」と出会います。リニューアル後の姿を見るのは初めて。
列車は行き違いの度数分間停車します。その間のドア扱いは独特で、一旦全てのドアを開いた後すぐに「ご用の方は乗務員にお申し出下さい」のアナウンスが流れ全てのドアを閉め切ります。もちろん車内保温のため。発車時刻が迫ると再び全てのドアが開くという段取りです。半自動扱いが出来ないための措置のようです。

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▲近鉄、JRともにベテランが集う吉野口駅

右手から同じ狭軌の線路が絡んで来ます。JR和歌山線です。オーシャンブルーの105系と並ぶようにして吉野口着。こちらの車両もベテランですが、あちらも負けずに老体に鞭を振るっています。
その吉野口駅はJR西日本の管理駅とあって近鉄のホームも駅名標はJR仕様。流石にJRマークは省略されています。
 

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▲車内外ともに長閑なムード

奈良のヒルズにびっくり!

車内は駅ごとに寂しくなっていつしか私の乗る先頭車は10人も乗っていない状況に。沿線風景も田舎の風情が色濃くなって行きます。乗り鉄には不向きなロングシートながら眺望抜群の近鉄車の大きな窓はせめてもの救いです。列車は右に左に大きくカーブしながら進みます。

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▲奈良のビバリーヒルズ?福神

そんなローカル線のムードに慣れてきたと思ったら前方の山の上に巨大な建物が周囲を見下ろすように建っています。ショッピングセンターと病院らしい。目を見張っていると列車は瀟洒なトンガリ屋根の橋上駅舎の下に停車。いったいここは?と駅名標を見ると「福神」(ふくがみ)とあり、「花吉野ガーデンヒルズ前」の副名称が。なんでも近鉄が開発したニュータウンなんだとか。特急も停車し、狭軌版Aceと行き違います。山奥で一瞬幻を見た思いでした。

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▲下市口の街並み

吉野川の谷が広がり久し振りに町らしい町が見えて来ます。吉野線沿線随一の要衝下市口の街並みです。奈良交通バスの拠点にもなっていて昭和のムードが人気の洞川(どろかわ)温泉への玄関口にもなっています。

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▲下市口では特急、急行を待ち合わせ

下市口駅も2面3線の構内を持ち、この列車も特急、急行の2本と行き違います。この間もちろんドアは締め切り扱い。やって来た特急は狭軌版ACE。AceがいたりACEもいたりとやっぱり近鉄はややっこしい。

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▲上流には吉野川橋梁が

河岸段丘にしがみ付くように吉野川を遡って行くと上流に巨大なトラス橋が見えて来ます。吉野線きっての名所吉野川橋梁です。もちろんこの列車も渡るわけですが、かなり強引にアプローチして行くように見えます。

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▲吉野川橋梁を通過中

大和上市を出ると、やはりほぼ直角にカーブを切り橋梁に向かいます。ゆっくりとしたスピードで見下ろす吉野川の風景は単調な里山が続く車窓の絶好のアクセントになりましたが、ここまで来ると終点吉野はもうすぐ、14:22行き止まりの吉野駅に到着です。

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終点吉野駅でお約束の車止めと駅名標を

頭端式ホーム3面4線に大屋根を備え風格たっぷりの吉野駅ですが、列車から降りたのは10人足らず。屋根にすっぽり覆われて薄暗い駅構内は侘しさが募ります。桜のシーズンの賑わいなどおよそ想像もできません。

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▲乗って来た車両は6047でした

とはいえ、吉野線を完乗できました。21.3kmと久し振りに歯応えのある新規線区踏破にまずは満足、満足であります。
冒頭に記したとおり、これで近鉄の近畿地区を片付けたわけですが、言い換えれば乗り残しているのはアプローチが面倒な三重県下の枝線ばかりということになります。近鉄全線踏破はまだまだ先のことになりそうです。

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▲吉野駅駅舎

今回の成果
新規踏破区間:近鉄 吉野線 壺阪山―吉野 21.3km 
近鉄踏破率  88.900%(84.708%) 
私鉄路線踏破率  53.640%(53.355%)
 ( )は直前のデータ
乗りつぶしオンラインによる集計

歯応えありとは書いたものの未だ90%にも届かず。大近鉄は思った以上に手強い。



◆余談 吉野の茶店で癒され・・・ず

吉野線乗りつぶしも終え帰路は阿部野橋まで特急に乗ろうと思います。直近の特急は生憎狙っていた車両ではないので見送ります。ということで30分時間が出来てしまいました。駅前もやはり閑散としており5軒ほど並んだ土産物屋、食堂も開店休業の状態。こういう状況で店の暖簾をくぐるのは勇気が要りますが、寒い中時間をつぶすのも苦痛なので意を決してその中の1軒、食堂兼喫茶店風の戸を開けると・・・・

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▲吉野のコーヒー 350円也

その瞬間店内からはアンタ誰的視線が! 店の女将と村人たちで世間話に花が咲いている中に私が不躾に侵入したという構図になってしまったようです。シマッタ!と思うも引き返す勇気もなく「コーヒーお願いします」と声を絞り出しガタピシする椅子に腰掛け待つこと暫し、なみなみと注がれたコーヒーとなぜかお茶が。スプーンは艶を失い、砂糖は案の定ダマになっています。これなら缶コーヒー買って駅の待合室で飲めばよかった・・・と後悔しつつ熱いコーヒーを流し込むように飲んでいる間も他愛のない世間話は続きます。客としての私の存在は一顧だにされず。特急の発車まではまだ時間がありますが、逃げるように店を出たのでありました。



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乗りつぶし 近鉄天理線編 [鉄道の旅]

聖地へ続く盲腸線

1月早々から乗りつぶしであります。2015年は飛ばしております!
ターゲットになったのは大近鉄の盲腸線である天理線。橿原線の平端駅から東へと分岐しわずか4.5kmの地味な路線でありますが、終点天理は言わずと知れた天理教の聖地ということでローカル線とは思えない仕掛けが待っておりました。

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天理線の始発駅である平端駅へどうアプローチするか? 私が住む寝屋川市辺りからだとなんとも中途半端な位置になります。京阪京都へ向かい丹波橋から近鉄に取り付くか、近鉄バス萱島線で若江岩田経由とするか、何れもすっきりしない案が幾つか浮かびますが、結局JR学研都市線で祝園(ほうその)に出て隣接する近鉄京都線新祝園から大近鉄帝国へ侵入することにしました。
新祝園から今回の前進基地である大和西大寺へは急行で10分足らずです。


◆西大寺から直通列車でつぶす
 (西大寺12:09―普通―12:32天理)
 
大近鉄の路線網のスーパーハブ西大寺駅は何時ものことながら乗り換え客でごった返しており、人混みを掻き分け6番線へと向かいます。
天理線の列車は線内折り返しの他、京都、西大寺からの直通列車も設定されており次の橿原線も西大寺始発の普通天理行と好都合。日頃乗りつぶしに際しては起点駅での表敬下車を是としている私ではありますが、今日はもう一線区をつぶす予定にしており、直通列車に甘えさせていただきます。

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▲西大寺から天理行き直通で

乗り込んだ列車は写真のとおり。近鉄の複雑怪奇な車両形式は私には理解不能なので、ご覧の皆さん自身でご判断下さい。
4両編成の車内は混雑しており運転席直後にかぶり付きます。ところで近鉄の通勤車はほぼ20m4扉車で統一されていますが、運転席直後が座席になっているものと、立ち席になっているものがあるようです。この新近鉄顔は後者です。
12:09、西大寺を発車し構内の無数のポイントを渡りながら進路を南に取り橿原線へと進出します。薬師寺、郡山城址など見所の多い橿原線の車窓ですが、今日は単なる助走路、運転士のキビキビした動作を見ながら進みます。そういえば近鉄の制服変ったんですね。

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▲模型のレイアウトのような平端駅構内

12:22、天理線が分岐する平端着。天理線列車は駅手前で橿原線から左に別れ専用ホームに発着します。ここで4分停車、表敬下車を省略したせめてもの贖罪とします。八木方面からの乗り換え客を引き受け車内は再び立ち客の出る賑わいに。

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▲平端から天理線へ(駅名標は復路に撮影)

12:26、新規踏破線区へと踏み出します。
沿線は、田畑、住宅に工場、学校が入り混じる典型的な郊外路線の風景が展開します。線路は複線ですが、全線複線化されたのは1988年と最近のことだそうです。二階堂、前栽と進むともう終点天理に到着します。
わずか6分であっけなく天理線乗りつぶし完了です。

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▲広い天理駅構内には天理教の小旗が随所に

その天理駅は地味な路線の終着駅には不釣合いな立派な構え。頭端式3線4面のホームが並びます。これはもちろん天理教の祭礼時に運転される臨時列車に対応するため。JR天理駅にもローカル線とは思えない留置線が用意されています。祭礼のときにはさぞ賑やかだろうと調べると、この日の翌日1月26日が春季大祭だそうで、この日もJRには24系の天理臨が運転されたとか。

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▲JRホームの下が近鉄天理駅

折り返し時間はわずか8分ですが、駅前広場に出てみます。JRの高架下に近鉄のホームが突っ込むように配置されているのを知り驚きます。駅前広場では天理教関係者が降りて来る信者さんに「お帰りなさい」と声掛けをしています。駅舎正面には先日センバツ出場が決まったばかりの天理高校を激励する横断幕が。常連校だけあって何度も使い回している様子。
まさに天理教一色のムードを体感したところで再びホームに戻ります。

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▲近鉄には珍しいLED式発車標

もう少し独特の駅前風景を見ていたいところですが、次のターゲットを目指さねばなりません。12:40発の平端行きに乗り込みます。もちろん乗って来た列車の折り返しであります。

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▲やって来たのは橿原神宮前

平端で乗り換え、更に南下して13:12、到着したのは橿原神宮前駅。そう、次なるターゲット吉野線を乗りつぶすためであります!


今回の成果
新規踏破区間:近鉄 天理線 平端―天理 4.5km 
近鉄踏破率 84.708%(83.822%) 
私鉄路線踏破率 53.355%(53.294%)
 ( )は直前のデータ
乗りつぶしオンラインによる集計

流石は大近鉄です。天理線を乗りつぶした程度ではビクともしません。


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鉄道発見伝のスタンプをゲット [鉄道の旅]

日テレプラスの人気(?)番組

今日は小ネタをひとつ。
鉄道発見伝」というテレビ番組をご存知でしょうか? CSの日テレプラスで放送されている鉄道ファン向け番組です。今やBS、CSでは鉄道と名の付く番組はゴマンと放送されていますが、多くは鉄道と名乗りながら中身は普通の旅番組というケースが実態です。
しかし、鉄道発見伝は違います! 純度100%の鉄ヲタ向けの内容です。出演する日本テレビの藤田大介アナ、田中匡史ディレクターともに大の鉄道ファン。コンセプトは「今しか出逢えない鉄道風景」を求めて、鉄道ファンから一目置かれる「鉄兄ちゃん」を目指す藤田アナが全国の鉄道を訪ねるというもの。「鉄兄ちゃん」というキャラがイマイチ意味不明ですが。
例えば第12回では「惜別!時速160km走行 はくたか」と題して、北陸新幹線延伸で役目を終える特急「はくたか」を北越急行に追っています。トンネル内の儀明信号場に停車するシーンや、同じくトンネル内の美佐島駅での「はくたか」通過をホームで体感するなど確かに鉄道ファンにはたまらない内容です。
番組HPは >>こちら

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この「鉄道発見伝」が訪ねた鉄道会社に置き土産として残していくのが番組オリジナルスタンプです。このスタンプが私愛用の大阪モノレール万博記念公園駅に設置されております。この駅は通院の度に乗り換えに利用しておりますが、先日は乗り換えに10分ほど時間が空いてしまったので、チャンスとばかりに改札口のモノガールのオネエサンに声を掛けると恭しく引き出しから取り出してくれました。押し方が悪くちょっと掠れてしまっておりますが、デザインは共通のようです。
ちなみに大モノは第6回「大阪鉄道まつり」編で北大阪急行とともに登場しております。もちろん北急も千里中央駅駅長事務室に設置されました。

「鉄道発見伝」、鉄道番組としてはBSフジ「鉄道伝説」と並んでお薦めです。HPでスケジュールを確認の上ご覧下さい。


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駅名標考現学 能勢電鉄編 [鉄道の旅]

2014年末にイメージ一新

鉄道会社の文字どおり看板である駅名標を見て歩く「駅名標考現学」。今回は兵庫県東部から大阪府北部を走る能勢電鉄です。
能勢電鉄では2014年末に全駅の駅名標のデザインイラスト入りのものに一新しております。その新デザインを先日の新春乗り鉄初めの折に見て来ましたのでご紹介したいと思います。

◆デザインコンセプト

能勢電鉄のHPによると新デザインのコンセプトは 「里山などの自然あふれる沿線風景をモチーフとした緑色を基調とした意匠」だそうです。
それでは川西能勢口駅のものから見てみましょう。

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▲川西能勢口

ひらかなメイン表記です。最近の傾向として「かなメイン」表記→「漢字メイン」表記に変更されるケースが目立ちますが、かなメイン表記のままとしたのは乗り入れ相手の阪急に合わせたのかも知れません。
ローマ字表記は最近の主流である頭文字のみ大文字としています。もちろん駅番号も表記されています。
そして、新デザインを特徴付けるのがイラストです。これは各駅ごとに周辺の風物をモチーフに描かれているもので、この駅は 「里山(能勢)への玄関口で、北極星(能勢妙見山)へ向かう線路をイメージしました。 ※能勢妙見山は北極星信仰の開運北辰妙見大菩薩を祀っています。」(能勢電HPより 以下各駅とも)

緑を基調にしたデザインは能勢の山里を思わせる爽やかなデザインで好感が持てますが、肝心の駅名が少々小さいのではないでしょうか。とはいえ趣向を凝らしたイラストには最近地元密着指向を強く打ち出す能勢電鉄の地元愛を感じます。

ちなみに従来の駅名標は全く異なる2種類が混在していました。

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▲従来のデザイン

川西能勢口の「し」と「の」の間にスペースが取られていますが、新デザインでは詰まっています。


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▲平野駅

本社所在駅平野のイラストは 「付近を流れる塩川から湧き出る鉱泉は平野水として販売され、のちに香料と甘味料を加えた「三ツ矢印の平野シャンペンサイダー」として売り出されたことから、炭酸水が湧き出る様子と当時の面影を残す三ツ矢記念塔をイメージしました。」 三ツ矢サイダーのルーツって能勢電沿線にあったんですよ!
なお、次駅表示は進行方向側にのみ駅番号が表示されています。

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▲山下駅

妙見線と日生線とのジャンクション、山下は 「付近は戦国時代より多田銀銅山の製錬で栄えた町で、能勢電鉄が開業したことにより人や物が集まり、銀行や証券会社、ダンスホール、芝居小屋、カフェ、ビリヤード場などが立ち並ぶ華やかな町であったことから、往時を偲ばせる川西市郷土館と精錬所をイメージしました。」

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▲光風台駅

山間のニュータウンの玄関口光風台の自立式。そのイメージは 「駅名から光と風をイメージしました。」と至ってシンプル。

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▲妙見口駅

妙見線の終点妙見口は所在地が表記されています。 「日本一の里山といわれている妙見山の麓のパッチワーク景観のある里山をイメージしました。 ※今でも炭を生産し、利用されている里山の特徴としてパッチワーク景観があります。」
なお、所在地表記があるのはこの駅と、日生線終点日生中央だけですが、理由は不明です。
デザインは統一されましたが、サイズは何種類もあるのがわかります。


◆補助駅名標

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柱張りの補助駅名標もご紹介しておきましょう。これらが今回のデザイン変更に合わせたものか、従来からのものかは不明です。阪急との共用ホームに設置されている川西能勢口のみ仕様が異なっています。それにしても妙見口駅の背景の長閑なこと。

というわけで、久しぶりの駅名標考現学は能勢電鉄を取り上げました。全駅コレクションしたくなる楽しい駅名標でした。


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冬の能勢電おもしろ電車 [鉄道の旅]

2015年乗り鉄初めは能勢電鉄へ

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初詣の勢いをかり服部天神駅から阪急宝塚線の電車に乗ってやって来たのは、ここ川西能勢口であります。近場とはいえ正月3日から乗り鉄できるとは幸先のいい新年のスタートであります。

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▲川西能勢口駅 阪急(左)・能勢電(右)共用ホームの駅名標

このお正月は全国的に冷え込み、亜熱帯大阪も元日、2日と吹雪きました。しかし、雪化粧するには至らず。それでは雪のある場所まで出掛けるかと新春の乗り鉄初めは能勢電を選んだわけです。能勢の山里へ分け入れば雪景色が見られるかも知れません。能勢電もいろいろやっているようだし。

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▲能勢電の切符を手に妙見口行に乗車

最近のマイルールに従い乗り鉄に際してはICカードではなく切符を購入します。川西能勢口から妙見線終点の妙見口まで320円。とりあえず停車中の妙見口行に乗り込みます。1700系(元阪急2000系)4連の車内は座席がさらりと埋まる程度。能勢の妙見山への参拝客を見込んでいたのに拍子抜けであります。阪急の駅には宝塚市内の寺社の混雑状況が掲示されていましたが、妙見山はクルマが主役のようです。

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▲昔ながらの阪急顔

ちょっと進んで平野で下車。能勢電の本社が置かれ、車庫も併設する要の駅でありますが、発車標フェチの私が見たかったのはこれ▼。能勢電ではここだけといわれるLED式発車標。別にどうということもない代物ですが、今もフラップ式王国の能勢電にあっては新鮮に見えますな。

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▲平野駅のLED式発車標

続いて平野から乗ったのは日生中央行の1700系。初詣ヘッドマーク付がやって来ました。毎年写真に記録していた阪急の初詣マークを今年はまだ捕捉できてないのでありがたい。こいつを山下で捨て、接続する当駅始発の妙見口行を見ると「50型復刻塗装車」。乗り継ぎ客を引き取るとさっさと行ってしまいましたが、運用に就いているようなのでひと安心。妙見口から戻って来るのにそれほど時間はかからないでしょう。

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▲初詣ヘッドマーク付(山下)

能勢電のハブ、山下駅でもフラップ式が活躍中。2号線には「1号線経由の日生中央行」の表示が。2号線に着いた日生中央からの区間列車がホーム対面の3号線着の川西能勢口発妙見口行からの接続客を収容後、川西能勢口方の下り本線上で折り返し、1号線で再び客扱いの後日生中央へと戻って行くというなんともマメな運用なんです。

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▲2号線の備考欄には「1号線経由の日生中央行きです」の表示

お陰で日生中央に向かう乗客もホームを移動せずに乗り換えできるというわけです。


◆山下駅で2種類の復刻塗装車に遭遇

その2号線に日生中央からやって来たのは「1型復刻塗装」を纏った1500系(元阪急2100系)2連。今日は「50型」が妙見線、「1型」が日生線の各々区間列車に充当されているようです。

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▲乗客を乗せたまま本線上で折り返す日生線区間列車

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▲1号線で再度客扱いの後日生中央へ

この「1型復刻塗装車」は昨夏にも撮影しましたが、強烈な逆光を浴びて無惨な出来に。今回は少しはマシな作品になったかと。側面の柄は表現できませんでしたが・・・・。


◆「冬の銀河便」

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▲「冬の銀河便」として活躍する「50型」

そうこうしている間に先程の「50型」が戻って来ましたので妙見線を先に進みます。前面には「冬の銀河便」のヘッドマークが。「冬の銀河便」とは能勢電による冬季限定のイルミネーションイベントで、笹部―光風台間の沿線や妙見口駅構内にイルミネーションを設置、「50型」車内にも装飾を施し夜間には当該区間で車内灯を消灯してイルミネーションを楽しんでもらおうという企画だそうです。該当列車は能勢電HPで確認できます。>>コチラ

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▲車内には写真展示も

今回は昼間の乗車なので生憎イルミネーションを楽しむわけにはいきませんが、車内には沿線の様子を回顧する写真パネルが展示されており、村の古老風のおじいちゃんが「昔はこの辺りはえらい田舎やったんや・・・・」と連れの人に語っていました。


◆光風台駅

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▲光風台駅での列車交換

2駅進んだ光風台で降りてみます。ここから大阪府になります。妙見線は山下から単線となり、この光風台が唯一の交換可能駅です。乗って来た列車も川西能勢口行と行き違います。線路際には雪が見えます。そういえば雪景色を見にきたんだった・・・・。

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▲立体的な光風台駅周辺

駅名が示すとおり、この駅は住宅団地の開発に合わせて1978年に線路移設の上開設されました。ホームから見る限りでは山の上にマンションが建っているだけですが、地図で確認すると周囲には戸建住宅の団地が広がっているのがわかります。上段に住宅地、中段に駅舎、駅前広場、下段にホームという立体都市ですね。さらにホームの遥か下からは谷川のせせらぎが聞こえて来ます。

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▲山下寄りのトンネル

辺りの険しい地形を反映するようにホームも前後をトンネルに挟まれております。山下寄りのトンネルは全長にわたって複線になっていて、ゆうに8連ぐらいなら対応できそうな有効長があります。なぜ、こんなに長い行き違い設備を作ったのでしょう? 
旧線時代にもこの付近には信号場があったんだそうですが。


◆流星に願いを

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▲ドア横のステッカー

続いてやって来た妙見口行の側面にはこんなステッカーが。「のせでん冬物語 流星(ほし)に願いを」。すっかり能勢電の名物になった装飾電車です。

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▲冬の装飾電車 お正月バージョン

3100系4連の中間2両を四季折々のデコレーションで飾るもので、冬季はさらにクリスマス、お正月、節分と移り変わっていくそうです。

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▲終点妙見口に到着

賑やかな車内装飾とは裏腹に妙見口終点で降りたのはわずかに10名ほどでした。それでも前面には昨夏は確か省略されていたヘッドマークが掲出され、沿線の人々をなんとか呼び込もうとする能勢電の熱意が感じられます。

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▲「流星に願いを」告知ポスター

誰もいなくなったホームには「流星に願いを」の告知ポスターが。節分には鬼の面や、豆まきをモチーフにした装飾を施すとのこと。

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▲山を下る装飾電車

電車は運転士が移動するとさっさと折り返して行きます。日中でも10分ヘッドを確保するため、かなりタイトな車両運用になっているようです。

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▲妙見口駅前

駅前に出てみましょう。木造駅舎と駅前食堂の取り合わせが懐かしい。昭和の頃には珍しくもなかった風景ですが。ところで期待していた雪景色はご覧のとおり。屋根にわずかに残っているだけです。さすが亜熱帯大阪! 1日前には積もっていたんでしょうけど。とはいえ、肌を刺すような冷気は下界では感じられず、ちょっと心地良かったりします。

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▲レトロな駅舎にレトロなポスト

駅舎玄関には丸型郵便ポストも。駅舎、電車ともどもレトロな組み合わせですが、自動改札とLCDモニターがミスマッチですね。
こんな小さな終着駅ですが終電は0:44発、さらに最終到着列車は0:51着と意外に遅い。そんな時間に来てみたいものです。

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▲「50型」がお迎えに

電車は空いているのに駅前食堂はそこそこ賑わっており、することもないので私も山を下りることにします。やって来た「50型」に乗り込み、山下までかぶり付きます。

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▲念願の雪景色

沿線の雪もほとんど溶けてしまっていますが、陽の当たらない谷間には辛うじて雪景色が残っていました。これは光風台―笹部間だったかな? 山下以北には大阪近郊とは思えない山深い沿線風景が展開します。日が暮れた車窓は漆黒の闇が支配することでしょう。イルミネーションも結構ですが、都会じゃ味わえない暗闇を体験する企画も面白いんじゃないでしょうか。

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▲〆は初詣マーク

山下からは初詣マーク付の1700系で川西能勢口へ。平野から山下まで乗った編成でした。

初詣を含めてわずか4時間ほどの乗り鉄初めでしたが、天気も体調も良く久しぶりにのんびりと楽しめた能勢電でありました。


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大山健一車掌を知っていますか [鉄道の旅]

ある国鉄マンの話

今年も年の瀬を迎え忘年会シーズンもそろそろ終ろうとしていますが、毎年この時期になると私はある国鉄マンの名前を思い出します。
その人の名は大山健一さん。国鉄大阪車掌区所属の若き車掌でした。
なぜこの時期に思い出すか・・・・それは大山車掌が図らずもある事故の主人公になってしまったからです。

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▲現在の須磨駅に停車中の下り普通電車

それは、1975年12月27日の夕刻16時前のこと、大山車掌が乗務する西明石行き下り普通電車(267C)が山陽本線須磨駅1番線に到着、当時は電車線を走行していた新快速の通過を退避していたときに起きました。
ホームに立ち2番線の安全監視をしていた大山車掌の目に一人の年配男性客の姿が映ります。時節柄忘年会帰りで酩酊しているのか千鳥足で歩くその乗客は、あろうことか2番線の線路に転落してしまいます。既に新快速は間近に接近しています。そんな切迫した状況の下大山車掌は乗客救護を敢行すべく線路に飛び降ります。もはや乗客をホームに引き上げる余裕はなく、線路とホームとの間のわずかな隙間に押し込み、自らはその上に覆い被さり文字どおり身を挺して護ろうとしたそうです。
しかし、結果は・・・・悲劇に。乗客とともに電車に接触してしまいます。
大山車掌殉職、弱冠25歳でした。

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▲夏の賑わいが嘘のような冬の須磨駅

39年前のこの事故は、大山健一という名とともに私の記憶に深く刻まれることになります。
当時私は多感な年頃といわれる中学生で国鉄マンに憧れていたということもあるのでしょう。しかし、当時の国鉄を取り巻く状況が、この若き国鉄マンの命を賭した行動に一層光を当てたように思います。とにかくこの頃の国鉄は組織としては完全に死に体で現場は荒廃、「たるみ事故」やうっかりミスによるダイヤの混乱が連日マスコミを賑わしていました。中学生である私の目にすらその酷い有様は異常に映っていたほどでした。
そんな中での大山車掌の殉職は私の心を打たずにはおかなかったのだと思います。今の国鉄にこんなに勇敢な職員がまだいたのかと。

◆大山健一顕彰の碑を訪ねる

そんな大山車掌の善行を顕彰する碑が須磨駅近くに建立されていると知り、是非訪ねてみたいと願っていたのですが、命日も近い12月のある日、須磨駅を訪ねることができました。海水浴シーズンには大いに賑わう須磨海岸に面したこの駅も冬場は静かなムードが漂います。駅そのものは事故当時から大きな変化はないと思われますが、新快速が電車線から列車線に移ったので当時のような状況は今ではあり得ません。電車も普通が103系から207・321系に。新快速が153系から223・225系に代替わりしています。

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▲大山健一顕彰の碑

顕彰碑は駅北口を出て線路沿いに大阪方へ2・3分歩いた所にありました。木立の下、線路を往く列車を見守るように立つ碑はフェンスに囲まれているため献花などはできませんが、今も関係者が定期的に訪れているのか花立には花が手向けられていました。
石塔の正面には「大山健一顕彰の碑」の文字。基部には第7代国鉄総裁藤井松太郎名による鉄道顕功賞と宮崎辰雄神戸市長名の花時計賞の碑文が刻まれています。

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▲鉄道顕功賞表彰文

あれから39年、大山車掌が存命なら64歳。既に定年を迎えておられるはずですが、どんな鉄道マンになっておられたのだろうと思いが廻ります。しかし、この間国鉄は消滅し、JRに姿を変え、新会社への移行に際しては現場でも様々な軋轢が生じたと聞きます。大山車掌はこの大波の中でどう翻弄されたのだろうかとも思います。

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▲列車を見守る顕彰碑


◆悲劇を繰り返さないために

国鉄は大きく変化しましたが、変らないのが酔客によるホームからの転落事故です。大山車掌が救助しようとした乗客も御用納めのあと酒席で飲酒しての帰宅途上だったそうです。鉄道会社も忘年会シーズンのこの時期懸命に事故予防を呼びかけますが、JR西日本がお笑い芸人鉄拳さんに依頼した啓発動画が話題を呼んでいます。パラパラ漫画仕立てで「呑んでも家族のことを忘れないで」と訴え、駅や車内のモニターで流されています。

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▲鉄拳作 酔っ払い事故防止啓発動画

さらには転落防止柵も。ドア数も編成両数も異なる列車に対応できる昇降式転落防止柵の実地試験が桜島駅に続いて六甲道駅でも開始されました。須磨駅へ向かう途中にちらりと見てみましたが、その仕掛けよりも十数人のJR社員とガードマンが並ぶものものしい雰囲気に圧倒されました。
転落事故の6割は酔っ払いによるものだとか。心掛けひとつで事故は半減するんですけどね。大山車掌も空の上から苦々しい思いで見下ろしているんじゃないでしょうか。

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▲六甲道駅で試験運用を開始した昇降柵

世の中がどことなく浮かれたムードに包まれる歳末に少々重い内容になりましたが、私としては顕彰碑を訪ねることができて気持ちに一区切り付いた年の瀬となりました。
須磨駅を通られる際にはこんなできごとがあったということを、勇敢な国鉄マンがいたということを思い起こしていただければと思います。顕彰碑は車窓からも目にすることができます。須磨駅大阪方の山側、木立が目印です。

余談になりますが、大山車掌を思い出すとき、漫画「カレチ」(池田邦彦作)の主人公である荻野カレチとイメージがダブってしまうことがあります。荻野カレチが活躍していたのも昭和40年代後半の大阪車掌区ですし、乗客を第一に考え、時には身体をはって乗客の安全を守るという実直な仕事ぶりも共通しているものを感じます。いずれ須磨駅の悲劇も登場するんでしょうか・・・・。


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大阪モノレール発車標を更新 [鉄道の旅]

ようやく稼働開始



大阪モノレールの各駅に新しい発車標が設置されていることは9月9日付けの記事でお伝えしたとおりですが、12月8日にようやく稼働しているのを確認しました。8月半ばには設置されていましたので、実に4ヶ月を経て灯りがともったわけです。
新発車標はご覧のとおりコンパクトサイズ。発車時刻、行き先、駅番号を表示しただけでキツキツであります。



こちらは門真市駅の降車専用1番乗り場のもの。



旧発車標はお役御免に。


新発車標はLEDの輝度も高くなり、見易くはなりましたが、どうせならもう少しサイズに余裕を持たせられなかったのかなと思います。

以上、大阪モノレール門真市駅からお伝えしました。
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